自分が一番大切で可愛い という表現への違和感

標記の件、初めて聞いたのは、中学生か高校生の時で、激しい違和感がありました。何て、みっともなく、かっこ悪い表現あるいは本音なんだろうと。しかし、その後、数多く、自分が可愛いからと聞いて、いつしか慣れました。

旧い東宝映画の戦艦大和を見て、思い出したのですが、船長は責任を取って、船と共に沈んだのです。それと同時に生き残った人達に対して、おまえらはどんな屈辱と困難にも打ち克って、生き延び、祖国復興に尽くすのだという指示を出すのです。そこには祖国に対する美しい精神性があったと思います。一方で、祖国のために死んでいいのか?祖国とは、そこまでのモノなのか?という思いもあって、多少揺れてます。

今日はトップリバーの社長にお会いしまして、一種の精神性を感じまして、守るべき言葉と国土があることを、思い出しました。90億人を人類は支えきれないと言われています。しかし、日本と地球は何とか生き残る精神性を持っていると、私は期待してます。